東京高等裁判所 平成8年(行コ)30号 判決 1996年10月16日
東京都板橋区成増一丁目一三番九号
控訴人
安田榮一
東京都板橋区成増三丁目五一番二一号
控訴人
木村嘉代子
東京都板橋区大山東町一七番九号
控訴人
有田喜代子
東京都世田谷区奥沢三丁目三五番二〇号
控訴人
鈴木登代子
東京都練馬区土支田四丁目九番一八号
控訴人
安田良二
右控訴人ら訴訟代理人弁護士
佐藤義行
後藤正幸
東京都板橋区大山東町三五番一号
被控訴人
板橋税務所長 松田良行
右指定代理人
竹村彰
同
田部井敏雄
同
吉岡榮三郎
同
小柳誠
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が、平成三年三月一一日付けでした控訴人安田榮一の平成元年九月一一日相続開始に係る相続税の更正(ただし、国税不服審判所が平成六年六月三〇日付けでした裁決により減額された後のもの)のうち課税価格七九七八万四〇〇〇円、相続税額一六五一万五七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし、国税不服審判所長が平成六年六月三〇日付けでした裁決により減額された後のもの)を取り消す。
3 被控訴人が、平成三年三月一一日付けでした控訴人木村嘉代子、同有田喜代子、同鈴木登代子、同安田良二の平成元年九月一一日相続開始に係る相続税の各更正(ただし、国税不服審判所が平成六年六月三〇日付けでした裁決により減額された後のもの)のうち課税価格二〇〇〇万円、相続税額三九六万三七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし、国税不服審判所長が平成六年六月三〇日付けでした裁決により減額された後のもの)をそれぞれ取り消す。
4 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二事案の概要
事案の概要は、次のとおり改めるほか、原判決「事実及び理由」欄「第二事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決一〇枚目裏八行目の次に行を改め次のとおり加える。
「使用者の死亡により雇用契約が当然に消滅したのであれば、敬一郎の下で安田病院に勤務していた従業員全員に対して退職金が支給されるべきであるが、安田病院に勤務していた従業員のうち、本件相続により事業主となった控訴人榮一以外の者(由子も含む。)は、敬一郎の死亡後も引き続き勤務しており、控訴人榮一及び由子以外に敬一郎の死亡に起因して退職金の支払いを受けた者はいないのであるから、控訴人らの主張は事実に合致しない。」
二 同一一枚目表九行目の次に行を改め次のとおり加える。
「また、個人事業主が死亡した場合には、労務に一身専属性が認められる場合を除いて、相続人に雇用関係が承継されるという解釈もとることができない。なぜなら、そのような解釈によると、相続人に事業を承継する意思がなく、かつ事業を承継する能力、資格等に欠ける場合にまで相続人が使用者の地位に就任することを強制されるからである。まして、控訴人榮一を除くその他の相続人は、事業を承継する意思がないのみならず、適法に事業を承継するために必要な病院開設の許可の取得並びに社会保険、国民健康保険及び労働者災害補償保険法における医療機関の指定等の手続を一切とっていないのであるから、右の者が事業を承継したかのごとき解釈はフィクションに過ぎない。」
三 同一七枚目表末行の次に行を改め次のとおり加える。
「控訴人らは、本件退職金規程の下において、被用者相続人が事業承継をしたことによる雇用関係の終了が退職金の支給事由に当たらないとする解釈は労働基準法三条に違反すると主張するが、同条は、国籍、信条、社会的身分を理由とする労働条件の差別待遇を禁じたものであり、就業規則や退職金規程において、退職事由の違いに応じて退職金の支給又は不支給を定めることを禁じるものではない。本件退職金規程は、雇用主の死亡を原因とする退職金の支給について明文をもって規定していないのであるから、雇用主の死亡を原因とする事業承継者たる相続人の退職が右相続人に対する退職金の支給事由に当たらないと解釈することは何ら非難されるべきものではない。」
四 同一八枚目裏初行の次に行を改め次のとおり加える。
「退職金は、就業規則等で支給することと支給基準が定められていれば、使用者の裁量において支払われる単なる恩恵的給付ではなく、使用者に支払義務のある賃金と認められるから、労働基準法二四条一項の賃金の支払いに関する規定が適用され、かつ、その支払いについては同法三条に基づいて均等待遇が要求される。したがって、自己都合による退職者にまで退職金が支払われることを定める本件退職金規程において、事業主の死亡という事業主側に生じた事由により退職を余儀なくされた者に退職金支払請求権が発生しないという解釈は、同条に違反することになる。」
五 同一九枚目裏一〇行目の次に行を改め次のとおり加える。
「また、功労金については、本件退職金規程上に算定方法の規定はないが、勤続年数が長期にわたる者に対しては、自己都合退職者及び非行があった者を除いて功労金を支給することとなっており、その支給額も基本給に勤続年数を乗じた額の二分の一を支給額の上限とする概括的な基準を定めていた。控訴人榮一は、安田病院での勤務期間が二四年と長期であり、かつ長年病院の管理者としてその重責を全うしてきたのであり、由子も勤務期間が二三年四月と長期でその間薬剤師として職責を果してきたのであるから、いずれも功労金支給請求権を有するものである。」
第三証拠
証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠に関する各目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 当裁判所も、敬一郎の死亡によって控訴人榮一及び由子に退職金請求権が発生したとは認められず、これに対応する敬一郎の債務も存在しないから、本件相続の相続税の計算において右両名の退職金債務を本件相続財産から控除することはできず、したがって、被控訴人の本件各課税処分は適法であり、控訴人らの請求は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」欄「第三 争点に対する判断」に説示するところと同旨であるから、これを引用する。
1 原判決二九枚目表七行目の次に行を改め次のとおり加える。
「また、使用者の死亡が退職の事由であるとすれば、敬一郎の死亡を機に安田病院の全従業員に対し、雇用契約が終了し退職金請求権が発生したことを告知した上で雇用契約の継続希望の有無を確認し、退職者には退職金を支給する手続を行うべきであるところ、このような手続が履践されたことも窺われず、弁論の全趣旨によれば、安田病院の全従業員のうち本件相続により事業主となった控訴人榮一以外の者は敬一郎の死亡後も引き続き勤務しており、控訴人榮一及び由子以外に退職金の支給を受けた者は存在しない。」
2 同二九枚目裏五行目の末尾に「また、退職金請求権とは独立して功労金請求権の発生根拠となる労働慣行又は労働契約の存在を認めるに足りる証拠はない。」を加える。
3 同六行目から同三〇枚目表五行目までを次のとおり改める。
「更に、退職の際の未消化有給休暇の買取請求権についてみると、本件退職金規程(甲三号証)には未消化の有給休暇を買い取ることができることや、その場合の具体的な計算方法についての規定はなく、甲一三及び一四号証(いずれも退職金計算書)によれば、本件相続前の昭和六三年六月一日付けで退職した須崎昌子(事務職、勤続一九年七月)及び同年一二月一〇日付けで退職した甲村美代子(看護婦、勤続二〇年一月)は、いずれも退職に際して有給休暇の残日数に応じて算定された金額の支給を受けた事実は認められるが、甲八、一三ないし一五号証及び弁論の全趣旨によれば、これらの者は退職金請求権を有することを前提として、退職金支給の際に未消化有給休暇を買い上げる取扱いを受けたものと認められる。また、未消化有給休暇を明確な計算方法をもって買い上げることを内容とする労使慣行又は黙示の労働契約が退職金請求権とは独立して存在したことを推認するに足りる証拠はない。そして、控訴人榮一には退職金請求権が発生しないことは前記認定のとおりであるから、本件相続開始時において、控訴人榮一の敬一郎に対する有給休暇買取請求権が発生したと言うことはできない。」
二 よって、控訴人らの請求を理由がないと判断した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三宅弘人 裁判官 北野俊光 裁判官 六車明)